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鼎談「サステナブルな森づくりのために」日本経済新聞西部本社版 2021年10月掲載 全文
(ここでは2021年10月29日に掲載された日本経済新聞 西部本社版での三鼎談の、誌面の都合上掲載されなかった全文を公開しています)
木の家が森を育む 鼎談:サステナブルな森づくりのために
持続可能な社会への取り組みが加速する今、日本の森を守るためにできることは何か。
外国産木材が高騰するウッドショックで浮き彫りになった木材業界の課題を克服するため、全国木材組合連合会・副会長の島田泰助氏と、雑誌「チルチンびと」編集長の山下武秀氏とともに、木の家づくりに取り組む未来工房の金原巳和子氏がその方策を語り合った。
―ウッドショックで木材価格の高騰が話題となった。現在の業界の状況は
金原 1997年の創業時は輸入材も使っていたが山の問題、木の問題、室内環境や地球環境まで考えて国産材に切り替えてきた。未来工房では他の会社より1.5倍程度木を使うので木材が高騰するとお客さんに迷惑が掛かってしまう。非常に困ったし憤りも感じたが、一方で木の価値を高めるという点ではよかったのかとも思う。このまま輸入材の価格が上がり続ければ国産材のシェアが高まる。そうなれば理想的だが、一方で中国などが日本の木材を安く買っていくという問題も出てきている。伐採して使いたくても乾燥させる時間があるのですぐには対応できない。計画伐採などある程度、国が管理することも必要だと思う。
島田 過去にも為替や自然保護政策の影響で木材相場が混乱したことはある。だが今回は社会的な背景が大きく異なる。日本の山の資源は十分に育ち、国産材を使わないと山を守れない、という状態まで成熟している。また国産材を使うことが、山の活力を維持することにつながるということを理解している人も増えてきている。今年10月に施行した「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用促進に関する法律」ではこれまで推進してきた公共建築の木造化を民間の建物にまで広めようという狙いだ。木材を使うことで温暖化防止、国土保全、地方創生にまでつなげることが出来る、という意識に世の中が大きく変わろうとしている。こうした時代と重なってウッドショックが起こったため注目が高かったのではないか。私はこれを契機に国産材へのシフトが加速するのではと期待している。
しかし現状では国産材にシフトしても「山の値段」が安い。これでは将来に向かって山を守れない。価値を高め、ある程度は値段を上げることも必要だ。海外木材の価格はいつか落ち着く。その時に国産材で環境にやさしい社会を作りながら、安心して暮らせる家をつくっていくための理解を広げていくことが必要だ。
山下 この20年来、工務店ではユーザーの声に応じて木の家をつくる、自然素材の家をつくるという流れが生まれてきている。以前シックハウスが問題になった時、「うちの赤ちゃんが床をハイハイしているがその手をなめても大丈夫か」という質問があった。こういったユーザーの意識の高まりに応じて国産の蜜蝋ワックスやドイツ系の自然素材塗料を取り入れる工務店が増えた。対応しない工務店は淘汰されているのが現状だ。
今回のウッドショックでも工務店によって対応が分かれた。製材品市場や納材店から木材を買っている工務店は価格が高騰し苦しい状況となっている。その一方、特定の山主や製材所と手を組み、年間決まった量を買い続けるといった信頼関係を作っている工務店はほとんど影響を受けていない。そうした製材所は余計な二酸化炭素を排出しないために燃料を使わず、山で何年もかけて自然乾燥させるので1~3年分の木材のストックがあったのだ。
―今後の木材業界の目指す姿とは
島田 ウッドショックが緩んできたときにどうするか。国産材はほとんど住宅用だが、少子高齢化もあって新規の着工数は減っていく。林野庁は輸出や都会の建物での木材利用で需要を喚起しようとしている。かつて「コンクリートジャングル」と言われた都市の建物を木造化し「都市の森林」に変えていく。二酸化炭素の固定に役立つし環境に非常にいい。木の良さを知らなかった人たちに木材は環境も良い、価値あるものだということを伝えていくことが必要だ。
今回、民間まで含めて木材を使っていこうという法律を作ったが、併せて政府の中に「木材利用促進本部」という新しい組織を作った。農林水産大臣を本部長に、国土交通大臣、文部科学大臣、総務大臣、経済産業大臣、環境大臣の6大臣が参加する。いままで木材の問題は森林に関係する省庁だけの問題だった。これからは都会も含めて木材化して、木造の町にして地球環境や地方創生に貢献する。もう木材団体だけの関心ごとではない。田舎の人たちだけの問題でもない。都会の人たちに木材の良さを知ってもらうための非常に大きな仕組みが出来上がった。これから木材需要が増えるのは間違いない。木造化のスピードをもっと上げていき、日本の木材を評価してもらって山への循環が高まるような仕組みを作っていきたい。
一方で住宅の部分では人々に訴えかけるような特徴的な家づくりを行うべきだ。そして地球環境などに役立っているということを訴えることも必要。未来工房のように100年持つ、という技術力のアピールは当然だが、それに加えて社会性をアピールすることで、生き残っていくべき企業には生き残っていってもらいたい。
金原 社会全体を変えていかないと木の家も増えていかない。学校や病院など人が集まる施設を木造化するといい。そこに育った子供たちは木を良いものと感じてくれるはず。今回の五輪では木を使った建物のアピールが多かったように思う。木に感じる心地よさが国民にも伝わったのではないか。使い捨てしない社会へのシフトチェンジを強く望むところです。何十年持たないと家じゃない、くらいの法律を作ってほしいくらい(笑)。
未来工房は住宅を売るだけでなく、木の文化を高める、山を守るということを発信していく会社にしたい。いい建物をつくるだけの工務店にはしたくない。住む人たちのための家をつくり、どれだけ社会に訴えかけられるかが課題だ。国産材だけでなく地球環境まで包括的に考えねばならない。そうすることで本質的にいい家が出来ると信じている。
島田 日本の森は今、伐っても植えられる値段で売れない。その悪循環を断ち切るために「国産材を活用し日本の森林を守る運動推進協議会」を組織し「国産材の家認定制度」を作った。国産材を使い、森林の循環につながる家づくりを行う企業を認定していく。山が循環して持続可能であることを保証する制度だ。森の維持に貢献する家だと意識の高い人たちに伝わるようにする仕組み。伐った後に木を植えているのか、二酸化炭素の固定にどれくらい貢献しているかを示すことで工務店の差別化にもつながる。もうすぐ認定第一号が出る予定だ。
山下 山と工務店は手を結ぶべきだ。山側は木を伐って原木市場に出して終わり、製材所も原木市場で買って製材品市場に出して終わり、どちらも最終的に購入する工務店とは会ったこともない、という関係は改めねばならない。山の人は町の変化を感じるために工務店のところまで歩いてきてほしい。そして工務店の人は山にエンドユーザーを連れて行ってほしい。
私は木の空間がもつ「質」を山側も工務店側も認識し直すべきだと思う。ある企業は会社の応接室に木の床を貼り、薪ストーブを置いた。木の空間が持つ「質」でお客さんをもてなそうという考えだ。また非住宅の施工比重を高めている工務店もある。保育園、美容室、診療所で木の空間を生かし施工し、老人ホームも病院仕様から住宅仕様にシフトする。薪ストーブがあると痴呆性の老人も落ち着くそうだ。木の空間の落ち着きにエンドユーザーが気づき始めているのだと思う。こうしたニーズの変化を山と工務店が共有すべきだ。
金原 私たち工務店は直接消費者とつながっている。山の人が消費者に伝えられないことも私たちなら伝えられる。手触りやにおいなどを木の良さを伝えるのは工務店の役割だ。
島田 十年前と今を比べると社会全体も随分変わってきている。学校を木造にという議論もはじめは「燃える」「腐る」と反対が多かった。しかし実際に取り組みを始めると技術面や規制の面も変化してきた。みんなで力を合わせれば社会を変えて行ける。
合理的で安く手に入るものがいいものだという価値観も変わってきた。これからは森林を支えていくための木の使い方を社会に伝えていかねばならない。地方で山に一番お金を戻せるのは、山の木を伐って住宅に使うことだ。新しい価値観を作っていく時に未来工房のように自信を持っていいものを作っている、と伝えることが大事だ。
◆紹介文章===========================
山下武秀氏 「チルチンびと」編集長
風土社代表。97年に住宅雑誌「チルチンびと」創刊。18年前から「チルチンびと地域主義工務店の会」を作り、現在約40社の工務店が加盟。国産材100%で家をつくる、自然素材でシックハウスのない家をつくる、職人の技術を継承し地域にお金が回る地域循環型の家をつくる、を目標に活動する。
島田泰助氏 全国木材組合連合会副会長
全国木材組合連合会は昭和29年に発足した全国の木材流通・加工業を統括する中央団体。「国産材を活用し日本の森林を守る運動推進協議会」や森林(もり)を生かす都市(まち)の木造推進などで制度的なバックグラウンドを作っていく役割も担い、10月に施行された「木材利用促進法」の成立にも尽力した。